長谷部誠インタビュー

今この瞬間を全力でプレーして、
生きて、そうしたらまた
新しい何かが見えてくる。

ドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトで活躍する長谷部誠は、バンデージ『バトルウィンW(ダブル)グリップ』を愛用する選手のひとり。環境の変化やケガの苦難を乗り越えながらキャリアを積み重ねてきたピッチのリーダーは、33歳になった今、自身のサッカー人生をどのように振り返り、未来に向かうのか。サッカー選手としての成功の秘訣は、その言葉に隠されている。

インタビュー・文
細江克弥
Katsuya Hosoe

“多め”に持っていくのはいつも僕

――まずは今回発売されたバンデージ『バトルウィンW(ダブル)グリップ』について聞かせてください。
長谷部このバンデージはアンダーラップとテーピングの両方の役割を果たしてくれるんですよ。肌にフィットする感覚も素晴らしくて、言葉で説明するのは難しいんですけど、巻いてみればすぐに分かると思います(笑)。
――ぜひ、長谷部選手の言葉でも教えてください。
長谷部そうですよね(笑)。僕はいつも足首に巻いているんですが、従来の“アンダーラップ+テーピング”で巻くと強く締まりすぎてしまうことがあって、スパイクを履いた時に少し圧迫感があったんです。でも、これを使うようになってからは、固定されている感覚は残しつつ、でも、“硬すぎる”という感覚がない。伸縮性に優れているから巻き方で微調整できるし、手では切れない耐久性もある。本当に、素晴らしいですね。
――テーピングやバンデージの使い方は選手によって違うと思います。
長谷部確かに、巻き方は人によって違いますね。強く巻くほうがいい人もいるし、「巻いている」という安心感のためだけに緩めに巻いている人もいる。どちらかと言えば僕も後者で、足首に巻くことが当たり前になってしまっているんです。巻かないでボールを蹴ると普段とは違う感覚になってしまうので、僕の場合は巻かないとプレーできません。
――長谷部選手は主に足首に巻いているんですね。
長谷部そうですね。トレーニングでも、試合でも、足首には常に巻いています。アイシング袋を固定するために使ったり、捻挫を避けるために手首に巻くこともあります。選手によっては、レガース(すね当て)を固定するために巻く人もいますね。裂傷の圧迫にも使えるので、用途はかなり多いと思いますよ。
――ドイツでプレーしている選手はほとんどの選手が使用していると聞きました。
長谷部国際試合で集まる時は、いつも「誰が持ってくるか」という話になるんですよ。そういう時、普通は若手選手が気を利かせて持ってきたりますよね? でも、ちゃんと“多め”に持っていくのはいつも僕で、僕のものを若手が使っている状況なんです。だからもう、確信犯的に忘れているヤツもいるんじゃないかと疑っているんですけど……。「これがないとプレーできない」という選手が多い割に、みんな、僕が持ってくるものを使っているんですよ(笑)。
長谷部選手
W(ダブル)グリップ
ニチバンより2017年9月下旬発売
長谷部選手愛用の
バトルウィンW(ダブル)グリップ

生き残るために、変えなければいけない

――長谷部選手は現在33歳。長いキャリアの中でケガに苦しんだ経験もあると思います。
長谷部学生時代はそれほど大きなケガはありませんでした。肉離れとか、手の指を骨折したくらいで。ただ、プロになってからは4度手術しています。
――学生時代は、ケガの予防やコンディショニングについてどのように考えていたのでしょう?
長谷部高校時代はかかりつけの接骨院の先生がテーピングの講習をしてくれたり、ストレッチを教えてくれたりしました。当時からどちらかというと意識は高いほうだったと思うし、だからプロになっても意識を大きく変える必要はなかった気がします。僕が所属していた浦和レッズには、若い選手でもトレーナーさんにちゃんと診てもらったり、テーピングをしっかり巻くという方針がありました。そういう意味では、すごく環境のいいところでプレーさせてもらっていたなと改めて思うんです。あの頃に得た知識や経験は、長くプレーするという意味で今につながっていると感じています。
――やはり、若い頃から高い意識を持っていれば、その後のキャリアに大きく影響するんですね。
長谷部それは間違いないと思います。例えば、若い頃は少し痛くてもプレーできますよね。でも、30歳を過ぎてからはより細かく気をつけなければいけないことを実感するようになる。食事はもちろん、予防すること、しっかり休むことにも気を遣うようになりましたね。
――サッカー選手の場合、年齢に伴う身体の変化だけでなく、環境の変化も大きく影響するのではないかと思います。長谷部選手は2008年からドイツ・ブンデスリーガでプレーしていますが、日本からドイツという環境の変化に対応するのは簡単ではなかったのでは?
長谷部それは本当に、難しかった。まず、僕自身には、自分自身で理解していた“良さ”を消さずに海外でもプレーしたいという思いがありました。でも、向こうに行ってすぐ「ここで生き残るためには自分のプレーを変えなければいけない」と感じたんです。ドイツには身体が大きくて強い選手ばかりで、フィジカル的な要素を無視して彼らと向き合うことはできないとすぐに分かりました。
――プレーヤーの肌感覚としては、どのような違いがあるのでしょう?
長谷部例えば、身体をぶつけられると“ズン”と重たい感じがある。それは日本では感じなかったもので、スライディングタックルもものすごく深い。しっかりとボールを狙ったタックルでも、身体ごと“狩る”ようなタックルなんです。それを体感すると、とてもそれまでの感覚ではプレーできないなと感じました。
長谷部誠インタビュー

自分の持ち味は“適応する力”

――日本とドイツの環境の違いが大きかったとはいえ、長谷部選手の場合、その対応は早かったように感じます。
長谷部いえ、自分の感覚では時間がかかりました。いろいろなポジションをやりながら、どうにかして生き残る道を探ったという感覚です。新しい環境に飛び込む時には、自分の中にブレない芯を持ちつつ、それとは違ったものにも対応する柔軟性を持つことが大事だと思うんです。割り切って、捨てるべきものは捨てる。相手がこうくるなら自分もそうするという感覚で、日本にいた頃とはプレースタイルの面で大きく変わった気がしますね。
――芯の部分だけは変えずに、その他の部分を変える。
長谷部はい。そういう意味では、自分の持ち味は“適応する力”だと思うんです。それはドイツに行ってから身につけたものではなく、ずっとそう。同じ作業は、例えば高校生からプロになった時にもしました。新しい環境に、いかにうまく適応できるか。そこは自分の持ち味だと思っています。
――単純にサッカーがうまくても、プロになれずに道をあきらめてしまう人はたくさんいます。逆に、学生時代にそれほど有名ではなくてもトップレベルまで上り詰める選手もいる。学生時代の長谷部選手は、ご自身のことをどのように見ていたのですか?
長谷部まさに僕自身も、学生時代は本当に無名の選手でした。中学生の時は市のトレセンにしか入れませんでしたから。その状況で“上”を見れば、県内にも、日本全体にも、同じ学年で自分よりうまい選手はゴロゴロいたわけです。中学生や高校生になれば自分の“立ち位置”はだいたい分かっていましたから、「プロになりたい」という気持ちはあっても「厳しいだろうな」と思うこともありましたね。
――決してエリートではなかった。
長谷部はい。「プロになれるかも」と思ったのは高校3年の夏以降で、高校2年の後半までは試合にも出られませんでしたから。そんな自分がプロになれて、海外でプレーできて、国を背負って戦うことができているなんて……やっぱり、人生というのものは本当にどう転ぶか分からないですよね(笑)。ただ、こうして生き残ることができている今になってその理由を挙げるとするなら、僕自身の持ち味である適応する力、考える力が人よりあったのかなと思うところはあります。どうしたら他の選手に差をつけられるか。どうしたらピッチの中で自分が活きるか。そういうことをずっと考えながらやってきましたし、自分なりにその答えを見つけてトライし続けてきたからこそ、今がある気がしています。
――自分の“立ち位置”を客観的に見てあきらめるのではなく、そこから生き残る道を考え、トライし続ける。
長谷部誠インタビュー
長谷部考えることを持ち味としているので「盲目的に」というわけではありませんが、目標や夢に向かって、脇目も振らずに突っ走ってきた部分はあると思います。いろいろな選手がいますが、僕自身が見ていて感じるのは、トップレベルに到達する選手ほど自分を信じる力が強い。技術的にそれほどうまくなくても、ものすごい努力をしてトップレベルに到達する選手もいますよね。逆に、学生時代にどれだけ優秀でも、大きなケガをしてあきらめてしまう選手もいる。僕自身も選手生命にかかわるケガをしましたが、夢や目標があるから今も全力で突っ走れる。

“未知”に対するプレッシャーや不安はない

――そういうメンタリティ、人間としての本質的な部分は学生時代からずっと変わらない長谷部選手のブレない部分ですか?
長谷部そうですね。そういう部分はずっと変わらないき気がします。サッカー選手としてどういう状況であっても変わらないし、たとえサッカー選手じゃなくなっても変わらない。
――サッカーに対する「純粋さ」というか。
長谷部一番に考えているのは、「サッカーがうまくなりたい」ということ。自分がうまくなることによって、自分の周りの人たちが喜んでくれますから。今はもう、本当にそれだけ。もちろん大変なこともあります。プレッシャーもあるし、ケガをすることもある。でも、そういう苦難があるからこそ、喜びや達成感がより大きなものになることも分かっているので。
――“未来”についてはどんなイメージを持っていますか?
長谷部これからのことについては、実は自分自身が一番よく分かっていないんですよ(笑)。今までも「サッカー選手としてどうありたい」という明確なイメージを持っていたわけではなく、ただガムシャラにやってきたらここまで生き残ることができたという感覚なので。サッカー選手って、「これからどうなりたいか」を考えるのが本当に難しいんですよ。だからこれからも、理想像を持ってそれに向かうという感覚ではなく、今この瞬間を全力でプレーして、生きて、そうしたらまた新しい何かが見えてくると思うんですよ。
――現在33歳。気持ちの充実ぶりが伝わってきます。
長谷部一般的に考えれば、33歳になって、先輩方を見ればこのくらいの年齢で引退という決断をされる人も少なくないですよね。でも、もちろん現役で活躍されている人もいるから、自分がどうなるかなんてまったく分からない。ただ、今はとにかく、来年ロシアで行われる世界大会の舞台に立ちたいという思いは強く持っています。この年齢まで海外のトップリーグでプレーした日本人選手は、奥寺康彦さん以外には僕しかいません。年齢のことはあまり気にしたくないけど、これからは未知の領域に入っていくと思うので、それについては魅力を感じているんです。
――むしろワクワクしている?
長谷部ここまで来たら、未知の領域に対するプレッシャーや不安はないですね(笑)。「もっと」という欲を失ってしまったらサッカー選手としてどうかと思うし、昨シーズン(2016-17)は、自分の中ではキャリアハイのパフォーマンスを示すことができました。次のシーズンはそれを上回るプレーをしたいと思うし、より良くありたいという気持ちを失わずにいたいと思うんです。
――ちなみに、サッカーをやっていて最も興奮する瞬間は?
長谷部興奮する瞬間……。そうですねえ……やっぱり、ひとつの勝利ですね。勝った瞬間の喜びは特別ですよ。自分が点を取るよりもはるかに嬉しい。まあ、僕が点を取ることなんてほとんどないんですけどね(笑)。
長谷部選手
長谷部選手

【プロフィール】

長谷部 誠Makoto Hasebe

1984年1月18日生まれ、静岡県出身。藤枝東高を卒業後、浦和レッズに加入。2008年1月にはドイツのヴォルフスブルクに移籍し、ニュルンベルク、フランクフルトと渡り歩いた。2006年に初選出された日本代表としては2010年、2014年のワールドカップを経験。絶対的なキャプテンとしてチームを牽引する。

制作協力:Sports Graphic Number